>会報44号(平成14年6月)より抜粋
私たちの期は、母校を卒業して満31年が経過した。しかし当時の級友達と再会し、杯を重ねるうちに時間はあっという問に逆戻りしてしまう。そんな束の間の異空間を求めて、翠轡会東京同期会の回を重ねている。
私たちの同期生のうち約90名が関東近辺に在住しており、高校3年時のクラスが輪番で幹事役を務める約束事になっている。開催日や場所、スタイルなどは幹事に一任されており、これまでは1~2年に一回のペースが保たれている。昨年は3年時の2組が幹事役となり、6月30日に虎ノ門パストラルで開催された。参加者は18名といつもよりやや少な目ではあったが、2名の方が初めて参加された。また、参加者の…人が連絡の取れなかった友人の携帯を呼んだところ、会場から遠くない場所で飲んでいるとのことで、ほどなく駆けつけてくれるという嬉しいハプニングもうまれた。同期の卒業とは言え6クラスで三百数十名にもなるので、在学中は全く話をしたことがない間柄も希ではない。初めての参加の場合は、そのあたりの記憶を呼び起こす会話から同期会がスタートするのが常である。しかし.必ず共通の話題や友人が存在するので、それはほんの短時間のことであり、すぐにうち解けた会話が展開することになる。仕事のこと、家族のこと、最近のトピックと会話の内容は様々であるが、宴が進むにつれて故郷での思い出が話題の中心になってくる。それは母校での生活や恩師、友人達との思い出にとどまらず、中学や小学校時代の淡い恋心にまで及ぶこともある。そして一次会から二次会へと席は移るが、参加者の数が減ることはない。
私事で恐縮であるが、去年春に27年間のサラリーマン生活に終止符を打ち、7月初めに郷里の上山に戻ってきた。同期会では友人達から多くの励ましの言葉をいただいたが、その端々に故郷への思いが感じられたのは、私の感傷のせいばかりではないと思っている。
(小川 幹雄記)
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